演劇鑑賞

初めての演劇鑑賞の日の事は、決して忘れられない。
いきなり実家に案内されてしまったのだ。

この雰囲気では、私は今はこれ以上いない方がよいと思い、そそくさとご挨拶して帰った。

施設に帰っていると4人のお年寄りと男の子に出会った。
一人一人の方々とそれぞれの場所で立ち止まって話しているとすぐ時間は経つ。

勿論話はその方々にあった話でないと。
1人目のお爺ちゃんに「お宅の息子さんには随分お世話になっています」

2人めのお婆ちゃんに「自転車を使わせて貰っています。畑仕事随分気張ってやっておられるんですね。お怪我のないよう気をつけてください。」

3,4人目のお婆ちゃんに「新潟県の地震で親子3人が発見され、2歳の優太君が奇跡的に助かったことは嬉しいことですね。ここでお孫さんが無邪気に遊んでいるがかわいいですね。」

そんな内容の非常にシュールな演劇だったことしか覚えていない。
つまりはちっとも楽しくなかったのである。
これをきっかけに、相手とは少し距離を置きたくなってしまったのは、言うまでもないと思う。

相性というのは、価値観を含めてのものだと思っているので、当時の私では、それを包み込む器がなかったのも事実。
今でも、その器は大きくはなっていないが、大風呂敷を広げる必要もない。

女性は男性に器の大きさを求めるが、それは体良く、わがままを聞いてくれと言っているのと同じであることも理解出来た。

最近家を造った

最近、家を造った。
昨年のことであったが、友人らと毎日数人で作業し約4か月かかった。
家と言ったが、実際には部屋である。
部屋をまっさらにしてから、壁を張り、床を張りペンキを塗ったのだ。

家主は大学時代の友人で、ずっと埼玉で実家暮らしだった。
いわゆる変わった人で、多くの書物を読み、頭も良かった。
社会や日本の現状に批判的な眼を常に持っていて、それに関しての解決策を模索している最中、人との繋がりが生まれ、その家に住むことになったのだ。
家は3階建てで、彼の部屋は3階部分で、元々部屋が3つあったが、壁を打ち抜き2つにした。
作業を行った人間の内、半数は女性で、建築に強い者も、力仕事が得意な者もいなかったが、大家さんの協力とインターネット情報の助けにより今はオシャレな部屋が出来ている。
おそらく30平米ほどあり、皆が集まるには充分はスペースだと感じる。
そこで今度、演劇人や劇団を持つ人達が集まり、その部屋で演劇の鑑賞会と演劇の見方の議論が行われるらしい。
演劇はあまり興味はなかったのだが、年末にその部屋を訪れた時、知らない人同士で盛り上がれたことがすごく楽しく、またそんな経験ができたらという気分になり、参加を表明した。
きっと想像より楽しいものになるだろう。
人が集まるということはそれだけで何かが生まれる強さがある。
特に初対面同士の雰囲気は、お互いに気を遣い合うことで、比較的心地よい空気が流れる。
少し仲良くなってきた辺りから、好き嫌いの問題が出てくるが、それまではこの状況を楽しもうと思う。
来週行くのが楽しみだ。

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