中国からの研修生

かつら業界に入りたいための研修7日目。
研修生は今後3年間日本に滞在し、一生懸命働くのですが、その決意を各社の社長さんに表明しなければなりません。
その為に日本語で文章を書き、発表する練習を繰り返していました。

日本語をマスターするための大切な研修方法です。
その勉強をしだして小1時間、講堂の方から和太鼓の音が聞こえてきだした。
勉強中の研修生、その和太鼓の音が非常に気になりだした。

中国にいる時、勉強以外、家事などあまりやったことがありません。
日本に来て、アルバイトを探す時、飲食店のホールの募集が一番多いですが、自分ができないでしょうと思って、あまり応募しませんでした。

ある日友達からホールの仕事を紹介してもらいました。
友達の紹介なので、一応行ってみようと思いました。

試してみたら、やはり自分のできることではないと思って、いつか辞めると思いました。
ただ辞めると言い出したら、友達が不愉快な気持ちになるのでしょうと考え、辞めるか辞めないかと悩んでいました。

すると、いつの間にかその仕事に慣れてきました。
新人から先輩になって、代理店長まで経験しました。
ホールの仕事だけでなく、給料を増やすため、キッチンの仕事もなんとなくやり遂げました。

すばらしいと自分も思いました。

第二外国語で中国語

中国語です。
大学の時に第二外国語として勉強していたのでもっと掘り下げてやりたいです。

大学で英語を専攻し第二外国語で中国語を学びました。
ゼミではアラビア語を少しだけやりました。
良かったことは語学を学んだことで色々な国人と接することが出来、見分が広がったことです。

英語と少し中国がわかることで日本にいる外国人に日本語と日本での生活の仕方を教えるボランティアを学生の時にしました。
ほとんどが中近東、東南アジアの方でした。
英語なら何とかわかると言う状態でしたが一生懸命コミュニケーションをとりました。

仲良くなるとその人たちの国の事、将来の夢、宗教のこと等、英語で話しました。
彼らのほとんどが国から奨学金を得て勉強したり研修に来ています。
彼らの国では破格の奨学金ですが日本では食べていけない額です。

貧しいけれど目を輝かせて一生懸命に勉強する姿からたくさんのことを学びました。
大学卒業後は語学とは関係ないSE職に就きました。
エラーが全て英語ですがそれが理解できるので重宝されました。

ただ理系が全くできなかったのでSEとしての素質はなかったようです。
語学が出来る、外人慣れしていると言うことで早々にSE職からは外され、クレーム対応、パソコンのインストラクターになりました。
最後は頭脳集団と言われるシステムインテグレーターの集まるチームのプログラミングも出来る秘書と言う立場でした。
外国の方との折衝も多く語学は活かせ、勉強になりましたが、SEの勉強もしたかったです。

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